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猫背から生首まで
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最近よく恵まれない家庭の女の子の話を書いてるなーと思って昔の作品を読み返してみたら、昔からそんな話ばっかり書いていたことに気が付きました。
2010年3月に書いたやつです。
これもまったく書いた記憶ない…


「赤いミルク」

 家の中が血のにおいで満ちているのは今日に限ったことではなく、最早日常的な光景でありまして、頭から血を流し目からは涙を流し、口からは既に言葉で無くなった叫びとも嘆きとも言えるものたちが母から弱々しく飛び出して行きました。私は何も出来ず、何も言わず、何もせず、帰宅したことを兄に悟られないよう忍び足で廊下をゆっくりと慎重に、心臓が打つ鼓動に合わせ、滑るように渡りきりました。内側から鍵を掛け、ミッションコンプリート。居間からは兄の罵声と母の悲鳴、何かが壊れる音。どうにかしなければならない、どうにかしなければ、私が動かなければ母が死んでしまうのは時間の問題です。それでも私がどうにも出来ない、どうにもしないのは、私とあの二人は他人だからです。血が繋がっているというだけの関係、家庭という名の監獄。監獄での生活に飽きた兄は監獄を支配している母に対して下剋上を起こし、監獄から出ようと必死なのです。血縁関係ですべてを支配出来ると思ったら大間違い、母の独裁政権は下剋上によって呆気なく崩壊しました。私は兄に加担する気も母を救助する気もありません。自分以外の人間は皆他人、他人と他人の間で起こった紛争にわざわざ割り込むなど、お節介以外の何物でもありません。私はお節介が嫌いです。他人に干渉されるのが嫌いです。私の生活をじっとりと鑑賞され勝手に感傷的な気分に浸られても困ります。自己満足のために私に哀れみと侮蔑の視線を送るクラス担任。知っています。あなたが至極一般的な家庭に生まれ育ち何の不幸も無く公務員という安定した職業に就き、幸せな結婚をして可愛い子供たちにも恵まれ、それでも何か刺激が足りなくて退屈な日々に差し込む一筋の不幸を探してうずうずしていることを。そこに現れた格好の標的、サンプルが私です。母子家庭というだけでもそこに不幸のにおいが渦巻いているのに、更には引きこもりの息子といじめに遭い保健室登校をしている娘、パートで得た僅かな収入で公営住宅に住み、車も無く貧困の底で地味に生活を送る、まさに低所得者層のサンプルのような家庭。これを発見した時担任は小躍りしたことでしょう。何かにつけ目を掛けているふりをしながら監獄の内情を聞き出そうと必死です。私がそれを拒絶すると憐憫の眼差しをこちらに投げ掛け、あれやこれやと騒ぎ立てる。私は知っています。あなたが興味を持っているのは私自身では無く私の身に降りかかる絵に描いたような不幸であることを。私があなたに救いを求めたところで現実は何一つ変わらず、監獄の秩序は今以上に乱れ、その様を存分に楽しんだのち勝手に去って行ってしまうことを。
 私だってこんな地獄みたいな家に好きで生まれた訳ではありません。あわよくば監獄から抜け出そうとタイミングを窺っています。例えばもし兄が母を殺してしまったら、私はこの世にたったひとりきりになることでしょう。天涯孤独の可哀想な女子中学生としてきっとどこかの施設に入ることになります。私の未来などこの家に生まれ落ちた時点で真っ黒に塗り潰されていることは分かっているのですから、どうせなら真っ黒な未来を更に塗り潰す覚悟で兄と一緒に母を殺してしまうのが一番良い方法なのかも知れません。それでも私が何もしないのは、自分の手を汚したくないから、という単純な理由だけで、面倒なことはすべて兄に任せ甘い蜜だけ吸ってやろうという私の性格の悪さ、強かさを露呈しています。もう、何もかもが面倒なのです。誰かを殺すことも、自分を殺すことも、それにまつわる全ての事例が面倒くさい。現実を憂いて特急列車に飛び込むくらいの勢いがあれば良いのですが、私にはその勇気すらも無い。つまりはヘタレ、ただの弱い人間です。
 部屋の扉の前でうずくまり耳を塞いでいるふりをしながら外の世界に耳を傾けていると、兄の部屋の扉が閉まる音がしました。居間からは母の低いうめき声、このまま放置していたら母は死ぬでしょうか。何もしない私は母を見殺しにするということになりますか? ただ傍観しているだけ、何も知らないふりをしているだけ、それだけで母を殺すことになりますか? 殺人者になりますか? 他人と関わりを持たず自分の世界の中だけで生きて行きたいのに、それが私の一番の幸せなのに、現実はそれすらも許してくれないのですね。
 音を立てないようにゆっくりと鍵を回し、扉を開けました。濃度を増した血のにおいが鼻をつき、込み上げてくる吐き気を抑えきれなくなった私はその場に吐瀉物を撒き散らしました。兄の部屋の扉が開く音、隙間からこちらを覗き、私の動向を窺っている兄のいやらしい視線が突き刺さります。血のにおいとすえた吐瀉物のにおいとが混ざり合って、更に胃は痙攣し続けます。何度も上下する体、まるで自分の体ではなくなってしまったように、それこそポンプのように胃液を吐き出す私という肉の塊。荒くなった呼吸に合わせ口元の水分を制服の袖で拭き取り、這いつくばるようにして母の元へ向かいます。辺りに散らばった血の塊は新しいものから古いものまで、よくもまあ母はまだこんな状態で生きていられるなあと感心してしまうほど多量にこぼれていて、割れた皿の破片と伸びきったビデオテープ、血の染み込んだ週刊少年ジャンプ、「かわいいおべんとう 365日」という母の本、壁を向いたままのブラウン管、放り込まれたままの洗濯物に埋もれるようにして母は倒れていました。
「大丈夫? 救急車呼ぶ?」
 事務的に私は声を発します。乾いた声は血と吐瀉物のにおいとすべてを諦めてしまったような夕方の眩しい西日で充満した部屋で空回りました。ああ、これがすべて夢なら良いのに。初めから私という存在は無く、この家には兄と母の二人きり、二人の間に起こる紛争は二人の間で解決して下さい。それが母の死という形で終わりを迎えようと、私は存在していない存在で、母の子供でも兄の妹でも無いのだから全く関わりを持たずに居られます。何も知らず、何も見ないまま、私でない私は過ごすことが出来ます。しかし現実は無情にも私に私という存在を知らしめ、苦しめます。虚ろな目で首を横に振る母を抱え、既に固まり始めた血液を洗濯物のタオルで拭い、部屋を片付け始めました。
「ごめんね」
 母の声が同じように空回り、私は聞こえないふりをしながら黙々と足元に転がる血のにおいのするものたちを拾い上げます。窓を開け新しい空気を部屋に取り込むと淀んだ部屋に漂う悲壮感は更に増し、きらきらと輝く夕日を拒絶するかのように台所は暗く闇に沈んでいます。今ここでベランダの柵を乗り越えたら、私は楽になるでしょう。高層十一階建ての最上階の小さな部屋、真下に広がるアスファルト。この柵が今私を天国と地獄に分けています。それでもやっぱり私にそこを飛び越える勇気は無く、地獄にとどまり続けるしか方法を知らない私は窓を閉め、カーテンを閉め、吐瀉物のにおいのする制服を脱ぎました。現実には終わりが無く、日常は残酷に時を重ねます。変わらずに明日はやって来て、担任はいつものように好奇の目で私を見るでしょう。この世は地獄です。それ以外の言葉を私は知りません。


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原発牛乳
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39
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
おかあさん
趣味:
おひるね
自己紹介:
かわいい女の子の写真を撮ったり行き過ぎた妄想を小説にしたりしています。
名前はアレだけど別にこわい人じゃないです。
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