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猫背から生首まで
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多分アーバンギャルドの「セーラー服を脱がないで」を聴いて書いた作品。
そのまんまですね。
生徒と教師というのは兄と妹と同じく私の中で普遍的な妄想テーマです。
でも先生はいつか離れていっちゃうので、やっぱりお兄ちゃんがいいです。
2010年4月に書いたやつ。


「さよならノイズ」

 雨の日によくあるような片頭痛と耳鳴りがあの日からずっと治まらず、頭の中では電波を受信し損ねたラジオのような音が終始響いて止みません。よく晴れた空はすべてを溶かしてしまうほどの青さで、春の風に揺れる桜の花の薄桃色とのコントラストは死にたくなるほど美しく、今すぐにでもここから飛び降りてしまいたくなります。
 先生、覚えていますか。あの日、深く刻み合った傷の理由を。先生にならいくら傷を付けられても構わなかった。先生は優し過ぎるから、先生の手で私を汚して傷付けて欲しかった。そして私を記憶の底に刻み付けて、一生忘れずにいて欲しかった。先生、私は信じています。いつか先生が私を思い出した時、罪の意識と後悔によって夜も眠れないほど苦しみ、嘆き、涙を流して私の名前を呼ぶことを。
 教師と生徒であることはどこまで行っても変わらない事実で、先生はそれをずっと気にしていましたね。でも先生、私たちは教師と生徒である以前に男と女です。私は先生が好きで、一日中先生のことばかりを考えて何も手に付かず、先生の姿を見掛ければ自分のもので無くなったように心臓は激しく脈打ち、居ても立ってもいられなかったのです。先生が私の名前を呼ぶたび、私の耳は恥ずかしげもなく真っ赤に染まりました。先生はそんな私を知っていたでしょう? だからあの時、先生が言う「あやまち」を犯してしまったのではないですか?
 教師という皮を脱ぎ男に戻った先生は、鍵の掛かったあの美術室の小さな隙間でセーラー服を脱いだ女の私を抱きました。私が先生の名前を呼ぶと大きな手のひらで優しく口を塞ぎ、官能に満ちた声を耳元で囁きましたね。その秘密めいた仕草や流れるような手付きと視線で、私は生まれて初めての痛みと快楽を知りました。両目から勝手に流れ落ちる涙のしずくにキスをして、大きな腕で抱き締められたあの瞬間の喜びを、頭の悪い私は何と言い表すのか知りません。先生の黒い髪の毛とうっすらと汗ばんだ肌のにおいは私を快楽の淵に立たせたまま、虜にさせ、それから何度も私たちはあの小さな隙間で一つになりました。
 最初に誘惑したのは君だ、と先生は言います。無力で臆病な私はただ先生を遠くから見つめることしか出来なかった。それを敏感に読み取り、拾い上げてくれたのは先生です。私たちはしばしばこのことで論議を重ねました。結局いつも答えは出ないまま、私たちは体を重ねることでそのどうでも良い話を収束させました。物事の始まりに理由など無く、それは恋愛に関しても同じで、恋の始まりに理由など要らないのです。
 そして当然の如く終わりはやって来ました。私は、この恋がいつまでも続くものだとは思っていなかった。先生には家庭があるし、可愛い子供と少し気の強い奥さんが居て、そこに私が入り込む余裕も権利も無いことを、私はちゃんと知っていました。
 少しの小細工をして、私は先生に嘘を吐きました。優しい先生を騙すことは胸が痛んだけれど、これは女の私を弔い私を許す作業です。このままこの恋を続けていても苦しくなるだけ、私は先生に対する愛情が暴走し、先生に迷惑を掛けることをひどく恐れました。
 先生は驚き、狼狽し、強く私を抱き締め涙を流しました。その瞬間、大きく地面が歪み、私の頭にぽっかりと空いた穴の中にあのノイズが流れ込んで来ました。先生に傷を付けた罰として、私はこの雑音とも耳鳴りともつかない痛みを一生抱えて生きて行くのです。私は先生に忘れられることを恐れるのと同時に、私自身が先生を忘れてしまうことが怖かった。私たちは同じ痛みを抱えて生きて行くのです。この小さな隙間で狂おしく愛し合った証として。
 桜が咲くにはまだ早い、冷たい空気に包まれたその日、私は卒業しました。私の中には私でないもう一人の人間が居て、それは明日の午後には消えて居なくなり、四月になれば私はこの町を離れ、都会にある大学に進学します。
 卒業式のあと、先生と私はまだつぼみにすらなっていない桜の木の下で、小さなお墓を作りました。あと数十時間後には消えてしまう小さな命と、私たちが過ごした甘い蜜のような時間のお墓です。
「ごめんな」
 先生の大きな手のひらが私の頬に触れ、今にも泣き出しそうな瞳がこちらを向いていました。悪いのは私、一番の卑怯者は私です。それでも私は先生に出会い、恋に落ちてしまった。先生は最後まで優しくて、その言葉は私を余計に苦しませるということを無垢なあなたは知りません。私たちは人目を気にしながらも、肩を寄せ合って泣きました。これで良かったのです。私たちは男と女であるのと同時に、教師と生徒であり、それは卒業した今も変わらない事実なのですから。
 白熱灯に照らされた硬い台の上で、何度もあの小さな隙間での行為を思い出していました。先生は今日も変わらずに教壇に立ち、何事も無かったかのように古文を諭すのでしょう。麻酔が効き始め、頭の中に流れる雑音の音量が上がって行きます。先生、先生、何度呼んでももう届かない場所にあなたは居ます。さよなら先生。冷たい金属音に混じって、遠くであなたの柔らかな声が聴こえた気がしました。




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原発牛乳
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39
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女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
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おひるね
自己紹介:
かわいい女の子の写真を撮ったり行き過ぎた妄想を小説にしたりしています。
名前はアレだけど別にこわい人じゃないです。
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