忍者ブログ
猫背から生首まで
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


「わたしの名前を知らないあの子」

 わたしは高校二年生です。毎朝私鉄電車に乗って学校に通っています。家を出るのは六時五十五分です。駅まで歩いて八分掛かるので、家から一番近い駅に七時三分頃に着きます。駅の階段を上り、改札をくぐってホームに着くのは七時七分頃。七時十分の急行電車に乗ります。電車は急行だと三十二分、普通だと五十分かけて学校の近くの駅に着きます。朝だけど逆の方面に行く電車に乗る人の方が圧倒的に多いので、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車ということにはなりません。
 席が空いていても、わたしは座ることはしません。以前、隣に座っていたスーツを着た男性に「このあとどうですか、十分で諭吉一人、三十分で諭吉五人渡します。この次の駅で降りましょう。駅のトイレで行うプレイというのもなかなか乙なものですよ」と延々言われ続け、固まったまま動けなくなってしまったからです。世の中にそういった男性が存在することは知っていましたが、実際に自分が遭遇してみると何とも言えない恐怖に駆られて吐き気がしました。男性はゆっくりとわたしの太ももを撫でました。全身が粟立ち、毛穴という毛穴から「拒絶」という言葉が棘を持って流れ出して行くようでした。顔は真っ青になっていたことでしょう。イヤホンをして目をつぶっている人、窓の外を眺めている人、本を読んでうつらうつらしている人、きっと誰もわたしの危機に気付いてはくれません。
 次の駅での乗り換え案内が流れます。おそるおそる顔を上げると、じっとこちらを見ている女の子がいました。いつも同じ電車に乗っている、端正な顔立ちをした女の子です。見覚えのあるセーラー服を着ているので、同じ年の頃なのでしょう。大きな黒目に長くまっすぐな髪の毛、身長は高くなく、きっとわたしと変わらない。彼女はいつからこちらを見ていたのでしょう。わたしが絶望の表情でSOSを求めても、顔色一つ変えずにずっとこちらを見ています。動くことは多分有り得ない。彼女と目が合ったまま隣の男性に脚を撫でられ続け、私の心臓は今までで一番大きな音を立てていました。早く、逃げなきゃ、早く、早く、ここから脱出しなきゃ、何で何もしてくれないの? 助けてよ、お願い、早く、早く、早く。
 次の瞬間、電車の乗務員さんが男性の肩を叩きました。
「そちらの女性はお連れの方ですか? 顔が真っ青ですが、大丈夫ですか?」
「いや、あの、その」
 男性の手が離れた瞬間を見計らって立ち上がると、乗務員さんが男性の肩を掴み「次の駅で降りていただいてよろしいですか」と声を掛けました。男性の顔はわたしと同じくらい真っ青でした。
 次の駅ではわたしも一緒に降りて事情を説明しなければならないようでした。二月だというのに全身が汗で濡れて、肌が衣服に触れるたびに冷たく気持ちの悪い感触がします。降りる前に先ほどの女の子の顔を見ましたが、こちらに背を向けて立っていたため表情は分かりませんでした。
 それ以来、わたしは電車で座席に座らないようにしているのです。あの女の子とは毎日同じ時間、同じ車両に乗り合わせますが、未だに会話を交わすことも、彼女の名前も知りません。


来週につづく!

拍手

PR
<< NEW     HOME     OLD >>
Comment
Name
Mail
URL
Comment Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 
Color        
Pass 
<< NEW     HOME    OLD >>
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
原発牛乳
年齢:
39
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
おかあさん
趣味:
おひるね
自己紹介:
かわいい女の子の写真を撮ったり行き過ぎた妄想を小説にしたりしています。
名前はアレだけど別にこわい人じゃないです。
ブログ内検索
最古記事
忍者アナライズ
忍者ブログ [PR]
 Template:Stars