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猫背から生首まで
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昔から妊娠出産というものに憧れていて、中学生の時には出産マニアみたいになってそれに関する本ばかり読んでいました。
そのせいか流産や堕胎に対する恐怖心が強く、それを反映してか中絶の話は昔からよく書いていたみたいです。
これもあんまり覚えてないけど、2010年4月の作品。


「解体と浅い夢」

 四方を真っ白に囲まれた小さな部屋の中に立ちこめているのは動物的な血のにおいでした。何も無いのに、窓も扉も何も無いただの白い部屋なのに、どこからかそのにおいは漂って来て、私の嗅覚と思考を狂わせます。どこかで嗅いだ、けもののようなにおい。白い天井を見上げると勝手に涙がどばどば出て来ました。白はどこまでも続いているようで私の真上に落ちて来るようでもあり、この部屋の広さがどのくらいのものなのか、私は皆目見当が付きません。
 涙を拭おうと手のひらを顔に近付けた時、血のにおいの出どころが分かりました。私の手のひらから肘にかけて大量の血液がこびり付き、手首に刻まれた何本もの傷からは現在進行形で血が流れています。それを目にした瞬間速くなる鼓動、どくん、どくん、という音に合わせて血が噴き出し、白い床を汚します。それは片方だけでなく両の腕から同じように流れていて、貧血でも起こしそうなはずなのに私はしっかりと立ったまま、痛みも何も感じないのでした。
 部屋には小さな音が流れています。音楽とも誰かの会話とも区別が付かないほどの小さな音量でとても耳に心地良く、次第に私は眠くなりました。あくびを続けて三回して、血まみれになった床に横たわります。腕から流れ続ける血液を見つめながら、ぼんやりと死を思いました。このまま私は死んでしまうのだろうか。まだ二十年しか生きていないのに。でも不思議と怖くない。人間が死ぬということは、痛みも苦しみも伴わず、ただ眠ったまま目が醒めなくなることなのかも知れない。
 ゆっくりと目を閉じると、そこには赤い夕焼けが広がっていました。強い西日に目を細めながら、私はまだ小さな妹と公園のベンチに座っています。
「何時になったら帰れるん?」
 幼い妹は私に尋ねます。私はただ首を振り、公園の中央に置かれた丸い時計をじっと見ています。妹の小さな手のひらを握ると熱い体温が伝わって来て、母の言葉が頭の中でこだましました。
「あんたなんか産まなきゃ良かった。あんたの所為で私の人生めちゃくちゃよ」
 母の機嫌を窺うことばかりに気を回し過ぎて、いつの間にか私は完璧な子供になっていました。学校での成績は常に一番で、走れば男子よりも速く、絵を描けば必ずコンクールで賞を取り、母はその度に私を愛し抱き締めてくれました。それでも、ごくたまに体調を崩した結果としてテストの点数が百点に満たなかったりすると、その言葉を吐き捨て、私と妹を家から閉め出すのです。常に完璧を求められていた私の体はそろそろ限界で、走り続けることに無理を感じていました。母はそれを知らない。このまま足の裏がただれても、呼吸が出来ないほど苦しくなっても、私に走り続けることを命じました。真っ赤な夕焼けと反比例するように外の空気は冷たく、私と妹は身を寄せ合って寒さに耐えています。それは何度も繰り返された小学生の頃の記憶でした。
 どれくらいの時間が経ったのでしょう。私は目を醒ましました。腕の血は止まっていて、床は真っ白なままです。手首の傷もいつしか消えていました。それでも部屋の中の血のにおいは未だ消えず、更に濃度を増したように思えます。白い床にぺたりと頬をくっつけて、少しでも血のにおいから逃れようとしましたが、どこまでもどこまでもそれは追い掛けて来て、私を閉じ込めてしまうのです。
 血液に封じ込められた私は、酸欠の金魚のように仰向けに寝そべり口をぱくぱくと動かしました。その瞬間、天井から細長い何かが落ちて来ました。一つ、二つ、それは段々と数を増し、遂には私の体の上にも小さな衝撃が生まれました。上体を起こしお腹の上に落ちて来たそれを手にとると、濃い血のにおいが私の肺を満たします。よく見るとそれは小さな腕でした。手首から先は千切れています。先端には固まった血液がこびりつき、既に黒く変色し始めていました。
 辺りに転がる細長い物体も、よく観察してみると小さなふとももであったり、血まみれの胴体であったりしました。ゆっくりと増えていく小さな人体のかけらを前に、私はどうすることも出来ず途方に暮れました。このままではこの部屋がばらばらになった体で埋もれてしまう。どうにかして片付けないと。
 その時頭の上をかすったのは、丸いボールのようなものでした。足元に落ちたそれを拾い手の中で転がすと、ボールの上に乗っかった二つの瞳と目が合いました。目玉はじっとこちらを見たままで、私は目を逸らすことも出来ずに見つめ合ったままです。そのうちにゆっくりとその二つの真っ黒な瞳に吸い込まれるようにして、私の周りは黒い闇に包まれて行きました。
 真っ暗な部屋の中に私は立っていました。ここにもやはり血のにおいが漂っています。暗闇の中、前方に小さな女の子が佇んでいました。表情は暗くて読み取れず、白いワンピースだけがぼんやりと輪郭を浮かび上がらせています。この部屋には音が無く、女の子がすすり泣く声だけが静かに響いていました。彼女のもとに行くべきなのかどうか思案しながらも体はその場に固まったまま動かず、私は立ち尽くすしかありませんでした。
「理沙」
 すぐ後ろで、私の名前を呼ぶ声がしました。振り向くとそこには見覚えのある顔、数日前まで恋人だった賢太郎が立っていました。背の高い賢太郎は見下ろすように私を見つめ、弱々しく首を横に振ります。女の子の方をもう一度見ると、もうそこに彼女の姿はありませんでした。賢太郎は悲しそうな顔でこちらを見ています。何と言葉を発したら良いのか分からず、私はその場にうずくまりました。そしてその瞬間、あの白い部屋に落ちて行きました。
 先ほどと違うのは、白い部屋を埋め尽くしていた人体のかけらと血のにおいが消えていたこと、部屋に窓があることです。窓の外には雲一つ無い真っ青な空が広がっていました。私は慌てて窓を開け、青い空の下に飛び出して行きました。
 足元は青々と繁る芝が広がり、地平線は果てしなくどこまでも続いて行きます。私は走り出しました。足の裏が擦り剥けてじんじんと痛んでも、呼吸のし過ぎで肺が痛くなっても、走り続けました。あてなど何も無く、ただ走らなければならない、という根拠の無い使命感に支配されていたのです。
 青と緑の境目を目指して、私は走ります。どれだけ走っても終わりは見えません。そのうち、がくん、という音が体内に響いて、もつれるように私はその場に倒れ込みました。荒い呼吸で何度も胸は上下し、気道はすっかり乾いて咳込んでしまいます。意識がぼんやりと戻って来ました。痺れるように、体の奥からどくんどくんと心臓が動く音が聞こえます。世界が引っくり返ったようにふわふわと浮かんだままの感覚で、私の体は縮こまりました。
 少し落ち着いた頃、仰向けになりただ青いばかりの空を眺めていると、あの血のにおいが再び漂って来ました。それから逃げようと寝返りを打つと、小さな顔がこちらを見ています。二つの黒い瞳はゆっくりと口を動かし、ほんのりと笑みを浮かべ
「ハヤシサン」
 私の名前を呼びました。

「林さん、終わりましたよ。麻酔が切れたらもう帰れますからね」
 事務的な、それでいて柔らかい女性の声が耳元で響き、目を醒ますと幾つものまばゆい照明が目に飛び込んで来ました。青い布に包まれた私は手術台の上で脚を広げられたままの体勢で、下腹部にじわりと広がる痛みを知りました。声の主は手際良く私を担架に乗せ、薄い桃色の壁で囲まれた部屋の硬いベッドの上に私を寝かせます。
「何かあったら枕元のコールで呼んで下さい。夕方までには帰れると思いますから」
 忙しなく踵を返して去って行く白衣の背中を眺めながら、ぼやけた意識が下腹部の痛みによってはっきりと覚醒して行くのを感じていました。私はまた一人きりになってしまった。日暮れの影を目で追っていたはずなのに、いつの間にか視界が滲んで行きます。目を閉じると広がるあの白い部屋。私は清潔なにおいのする枕に落ちた水滴の冷たさを頬で感じながら、少女の行方を追っていました。


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プロフィール
HN:
原発牛乳
年齢:
39
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
おかあさん
趣味:
おひるね
自己紹介:
かわいい女の子の写真を撮ったり行き過ぎた妄想を小説にしたりしています。
名前はアレだけど別にこわい人じゃないです。
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