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猫背から生首まで
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去年の12月25日に撮ったこの孤独部の写真がTumblrでもうすぐ3000リアクションを迎えようとしていてとても不思議な気分になる。
私の知らないところで誰かの目にとまり、私の知らないところで誰かが世界中に広めてくれている。
私は特別有名になりたいわけではないので、おーすげーなー!と結構他人事なのだけど、よく考えたら写真をインターネット上に公開するということは誰かの目に触れる、すなわち誰かを救う可能性も傷付ける可能性もあるということなんだなと夏頃に気が付いた(今更)。

私が好きだった女の子が死んでしまったとき、お葬式の日に親族の方から「あなたの写真を見たが死や自殺を連想させるものが多くて辛かった」ということを言われて、私は全くその可能性を考えていなくてびっくりしたし物凄く申し訳なかった。
私の知らないところで私が撮った写真が誰かを傷付けているということ。
言われるまで気が付かなかった私は無神経なのかなと思ったけど、それは別にその子のことを考えて撮ったとかそういうことではないし、私はその写真を撮ることで自己表現をしている(=私自身は救われている)のでどうしたら良いのかすごく困った。
今すぐその写真を消してもその子が生き返るわけでもなく(生き返るならとっくにやってる)、私の知らないところで写真を見た人がいて、それがたまたま死んじゃった女の子の親族で、ただタイミングが悪かっただけなのか、でもやっぱりこういう写真を撮ったり小説を書くのをやめようかなとか、ごちゃごちゃ考えたけど、考え過ぎてもうわけわがわからなくなって忘れた。
私の特技は嫌なことをすぐ忘れることで、切り替えがとても早い。
だからまた暴力的な写真(「宇宙の底」みたいな)も撮ったし、過去に書いた自殺とか死とかをテーマにした小説を本に纏めた。

私が写真を撮るのも小説を書くのも全部自分を救済するためのことで、そりゃ誰かに評価されたり褒めてもらえたらめちゃくちゃ嬉しいけど、誰かに感銘を与えようとか傷付けようとかそんなこと考えたこともない。
だけど私が知らないところで誰かが傷付いていたならごめんねって謝りたいという気持ちもある。
自分が産んだ子どもが誰かに迷惑を掛けたら私も謝るし、作品は子どもみたいなものだから、誰かを傷付けたらちゃんと謝りたい。
でもそれで私が傷付けたいという気持ちがあったわけではないことも一緒に伝えたい。
今まで何も考えずに死をモチーフにしたものばかりを作って来たけど、私はまだ生きていてこれからも多分結構長生きする。
でも生きていくためには作品を生み出していきたくて、その作品が誰かを傷付けるなら私は死んだ方がいいのかな?とかよくわからなくなる。
死なないけど。
何でこんなに生と死に執着するのか自分でもよくわからない。
ただ好きだから、という理由しかない。
まだ見ぬ誰かのために好きなことを我慢しなきゃいけないのはやだなーと思って、私はまだ作品を作り続けているし、これからも死をモチーフにし続けると思う。

何が言いたいのかよくわからなくなってしまった!
インターネット上に写真や小説を公開するというリスクのことを考えていたらだらだら書いてしまった。
あの子が亡くなってからもう4ヶ月以上が経った。
私はあの子と一緒に作品を作りたかったなあって今も思っている。



それでもやはり少なからず影響はあるのか、最近の写真は大分明るくなったと思う。
お葬式の直後はもう死をモチーフにするのをやめようとも考えたけど、今は好きなものを作っていけたらそれが死でも百合でも私自身だなと思う。


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プロフィール
HN:
原発牛乳
年齢:
39
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
おかあさん
趣味:
おひるね
自己紹介:
かわいい女の子の写真を撮ったり行き過ぎた妄想を小説にしたりしています。
名前はアレだけど別にこわい人じゃないです。
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